
こんにちは、ボテンです
今回は歌舞伎役者の四代目 市川九團次(本名:鈴木道行)さんについてです。九團次さんといえば、市川團十郎(旧名:市川海老蔵)さんの6歳年上の弟子であり、RIZAPの激痩せが話題となりました。
歌舞伎界でも少しユニークな経歴をお持ちという九團次さん。実家は歌舞伎と無縁なのか─? 学生時代(学歴)、歌舞伎経歴と破門について、さらに家族(嫁子供)について調査しました。一緒に見ていきましょう!
四代目 市川九團次(鈴木道行)の実家は歌舞伎と無縁?

四代目 市川九團次さんの本名は、『鈴木道行(すずき みちゆき)』です。
生年月日 1972年4月4日・54歳(2026年4月現在)
出 身 千葉県野田市
血 液 B型
特 技 歌舞伎舞踊、新舞踊、殺陣、乗馬
趣 味 ファッション、歌、カラオケ、映画演劇鑑賞、旅行、料理、掃除、トレーニング
免許資格 普通自動車運転免許、日本舞踊名取、スキューバダイビング(オープンウォーター)、居合初段
市川九團次さんの実家は歌舞伎とは無縁であることが以下の本人の証言よりわかっています。
実家はうなぎ屋さんだった

たいへん気さくなお人柄という九團次さん。2026年2月2日投稿の自身のアメブロには、「野田市に帰って」という記事があり、母親や実家について綴られました。
野田市に帰って
実は
うちのおふくろは
千葉県野田市、旧関宿町で川魚料理店を営んでおりました。うなぎや、鯉や、鮒、どじょう鍋などなど、利根川、江戸川にに挟まれた立地もあり川魚がよくでまわっていたようですね。子供の頃は魚を捌くかっこいいおふくろの技を見ているのが好きでした。そんなことを思い出しますが、今は店をたたんでから、約10年ほどになりますかね。たくさんの方々のお世話になり、地元で愛された店だと思います。そして、母との会話の中で、うなぎのタレがまだあるようでして。継ぎ足し継ぎ足しで40年。なんとすでにお店はやめているので跡形はないけれど、うなぎのタレだけは大事に保管していたようで❣️
私は思い立ったらやらなければ気がすまい性質でして。
そう!やってしまいました。
継ぎ足し用に秘伝のレシピを伺いながら、煮込んでタレを作り継ぎ足してきました!!
そして、うなぎも蒸して、焼いて、タレをつけて焼いて、最高のタレ焼きができました。思い出の母の味を本当に数十年ぶりにいただきました。懐かしさと優しさと甘みもたっぷりのタレに包まれました。
こんなうまい鰻重はない
やはりないと確信しました今や貴重な鰻
うなぎを捌ける方も少なくなってると思います。
手間暇かかるこのうなぎ
食に国宝があるなれば
鰻重は国の宝だと思います。
うなぎ屋をやる訳ではないですが
誰かが覚えておかないと。
本来であれば、私の家業になった可能性もゼロではなかったでしょー!!笑笑
ただただ覚えておこうと思いましたーー‼️
人生は縁とタイミングの連続❣️引用元:「九團次のブログ」2026年2月2日投稿


もともとはサラリーマン
市川九團次さんは、もともとはサラリーマンとして働いてたそうです。そこから歌舞伎の世界へ飛び込み、役者の道を歩んだ「異色の転身ヒーロー」といわれています。
サラリーマンに至った経緯や勤務先などは、これまでに語られておらず、不明です。
四代目 市川九團次(鈴木道行)の学生時代(学歴)
“鈴木道行”として一般の家庭で育った市川九團次さん。幼少期から高校卒業まで地元(千葉県野田市)で過ごしたといいます。学生時代や出身校を見ていきましょう。
高校時代
野田市内の高校を卒業した可能性が高いと考えられます。出身学校名は不明です。市内にある主要な5つの高校は次の通り↓
- 千葉県立清水高等学校
- 千葉県立野田中央高等学校
- 千葉県立関宿高等学校
- 私立西武台千葉高等学校
- あずさ第一高等学校
市川九團次さんは高校時代「みんなと同じ道に進むのではなく、自分だけの道を見つけたい」という気持ちを抱くようになりました。周囲の同級生が進学や就職を考える中で、市川九團次さんの心は次第に舞台や芸能の世界へと向かっていきます。
その頃はまだ漠然とした憧れでしたが、「役者として生きていきたい」という思いは日に日に強くなっていきました。やがてその情熱は、高校卒業後に挑戦する大きなきっかけとなります。
市川九團次さんは、ミュージカルのオーディションに合格し、舞台の世界に足を踏み入れました。タップダンスや殺陣、日本舞踊といった幅広い稽古を重ねることで、役者としての基盤を築いていきます。
小中学時代
市川九團次さんは、『野田市立木間ケ瀬小学校』『野田市立木間ケ瀬中学校』出身です。
市川九團次さんが野田市での子ども時代を過ごした経験は、その後も折に触れて大切に語られ、2019年には野田市観光大使に就任しました。
このような地域との強い結びつきは、市川九團次さんのルーツを語る上で重要なものと考えられます。
四代目 市川九團次(鈴木道行)の歌舞伎経歴と破門
鈴木道行さんの襲名歴は次の通りです。
①坂東竹志郎
② 四代目 坂東薪車
③市川道行
④四代目 市川九團次
└屋号『高島屋』|定紋『三升の中に九の字』|
🔵1998年7月、門閥外から五代目 坂東竹三郎に入門。同年9月大阪松竹座『ヤマトタケル』の舎人、熊襲兵士で坂東竹志郎(ばんどう たけしろう)を名乗って初舞台。
🔵2005年4月、大阪松竹座『菅原伝授手習鑑』「車引」の杉王丸で四代目 坂東薪車を襲名。同年十三夜会賞奨励賞を受賞。

🔵2006年、咲くやこの花賞を受賞。名題昇進。
🔵2014年2月、坂東竹三郎に無断で現代劇「サロメ」に、「秋元道行」の芸名で出演。このため、竹三郎が松竹と協議し、2014年1月末付けでの芸養子解消が通知された【破門】。同年9月に十一代目市川海老蔵(現・十三代目市川團十郎)の門弟となり、市川道行として再出発した。

🔵2015年1月に、新橋演舞場『石川五右衛門』のヌルハチで四代目市川九團次を襲名。

🔵2023年(10月、重要無形文化財(総合認定/第十六次)に認定され「伝統歌舞伎保存会」会員となる。
現在は、海外公演や講演、ワークショップなどでも活躍され、歌舞伎の魅力をわかりやすく伝える存在として知られていらっしゃいます。まさに「歌舞伎を世界に紹介するナビゲーター」のような方です。

四代目 市川九團次(鈴木道行)の家族(嫁子供)
結婚|嫁について
市川九團次さんは、2018年8月31日に一般女性との結婚をブログで発表しました。
結婚は市川九團次さんが46歳の時になります。詳細や馴れ初めなど詳細は明かされていません。歌舞伎の世界で厳しい修業を重ねてきた市川九團次さんにとって、日々を支えてくれる伴侶の存在は大きく、関係者やファンにとっても喜ばしい知らせとなりました。
結婚を発表した当日に、師匠の市川團十郎(市川海老蔵)さんもブログで祝福の言葉を寄せており、一門全体が温かく見守る中での門出となりました。
家族|子供について
市川九團次さんには、“娘さんが一人はいる”ことだけわかっています。
プライベートがほとんど明かされていない市川九團次さんですが、2023年3月26日投稿の自身のアメブロには、「北海道!!」という記事があり、娘さんが登場しました。
北海道のお寿司❣️
しかも廻るお寿司を楽しみました‼️
北海道のお寿司❣️
しかも廻るお寿司を楽しみました‼️全てが新鮮でみずみずしい〜
美味しかったですっ
そして、北海道出身の芸能人も
帰ってきたら、これ必ず買うらしい
ということで買ってみました北海道の住民の味方
セイコーマートだそうですっ引用元:「九團次のブログ」2023年3月26日投稿

四代目 市川九團次(鈴木道行)についてまとめ
今回「四代目 市川九團次の実家は歌舞伎と無縁?学生時代(学歴)や歌舞伎経歴と破門、家族(嫁子供)について調査!」と題し、
🟡四代目 市川九團次(鈴木道行)の実家は歌舞伎と無縁?
🟡四代目 市川九團次(鈴木道行)の学生時代(学歴)
🟡四代目 市川九團次(鈴木道行)の歌舞伎経歴と破門
🟡四代目 市川九團次(鈴木道行)の家族(嫁子供)
について紹介しました。
歌舞伎と縁の無い一般家庭に生まれ育ちながら、歌舞伎役者の道に進んだ市川九團次さんそのものが入門ナビゲーターであり、志す方にとってとても勇気づけられると思います。歌舞伎以外の特技・趣味も本格的でとても素敵でした♪ 今後のご活躍がますます楽しみです☆彡

最後まで読んでいただきありがとうございました(^-^)/~~~





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